カテゴリ:タラソワさん( 3 )

タラソワさんが考える『勝負強さの条件』ユリアちゃんが思う日本の国旗の意味

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「日本人に出会って、私は変わった」
タラソワが考える“勝負強さの条件

 
浅田真央、荒川静香らを育てたフィギュアスケートの名コーチは、いかにして選手の力を引き出し、世界の頂点へと導くのか。ロシアの“女帝”が自ら語る。
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1947年ロシア生まれ。19歳からフィギュアスケートのコーチ、振り付けを手がける。教え子が獲得した五輪金メダルは10個に上り、「金メダルメーカー」の異名を持つ

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私は「マキシマリスト」なの。最大限を追求し、限界に挑む。私はそうやって、教え子たちと向かい合ってきました。

たとえば、私がいま指導している男子選手(2013年ロシア選手権で優勝したマクシム・コフトゥン)のショートプログラムは、最高難度のジャンプを組み入れた構成になっています。見栄えのしない選手なので、4回転ジャンプを2種類入れたのです。

ショートでそんなリスクの高いことをする選手は、世界にもほとんどいません。公式戦で成功させたのは、彼が史上2人目でした。でも私は飽き足らず、さらに演技の後半でトリプルアクセルを跳ばせることにしました。ジャンプに関して言えば、現段階でこれ以上に難しい構成はありません。私は自分の教え子にはそこまで要求します。私自身、頂点を目指したいと思っていますからね。

もちろん、4回転を2本とも失敗してしまう可能性もあります。絶対に大丈夫だと断言できる選手などいません。ショートでは、一度の失敗が命取りになります。だからといって、挑戦しないという選択肢は私にはありません。いてもたってもいられなくなるの。何より、挑戦しなければ面白くないでしょう?
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もっと日本人のように
私はコーチとして、これまで数多くの五輪チャンピオンを育ててきました。金メダリストになるには才能と努力、どちらが重要かと聞かれることがよくありますが、どちらも必要不可欠です。どちらか一方が欠けていてもうまくいきません。才能と努力、両方を備えていなければならないのです。

いくら才能あふれる選手でも、努力をしなければ成功はつかめない。才能というのは、とてつもない努力があって初めて開花するものなのです。

もうひとつ、勝つための秘訣を教えましょう。それは、少しだけ「日本人になる」ということです。

日本人は、まったく私の認識を覆してくれましたよ。日本人選手がこぞって私のもとに教えを乞いに来るので、私は一時期、「日本の母」と呼ばれていたほどです。

数年かけて、日本の選手たちにみっちりと基礎を教え込みました。とりわけ、フリープログラムの作りかたについて、彼らの認識を変えようと努力しました。フリーとショート、それぞれにどう取り組むべきか、その認識を変えたかったのです。

日本人選手のプログラム作りに取り組むうち、彼らから新たな感情を引き出し、彼らの閉じていた蕾を開くという作業に、私はすっかり夢中になりました。日本人は、本当に練習熱心なんですよ!

そのうえ彼らは、コーチの言うことに口を出したりしない。質問さえしないのです。別に、コーチが聞く耳を持たないわけではありません。日本では、そうしてはいけないことになっているのです。コーチと話をしていたら貴重な練習時間がなくなってしまった、などということは、日本ではあり得ないのです。

ロシア人でも、そういうタイプの選手はいましたよ。かつての教え子で、アイスダンスのナタリア・ベステミアノワとアンドレイ・ブーキンの二人がそうでした。

リンクで私が「ナターシャ、わかった?」と尋ねる。すると彼女は一言、「はい」と返事をし、すぐに練習に戻る。そうやって、才能と努力を一体化させていきました。そして1988年のカルガリー五輪で、二人は金メダルを獲得したのです。

成功したければ、少しは日本人を見習うことです。あの人たちは倒れるまで練習しますからね。練習後にリンクサイドに倒れ込む姿を、よく目にしたものです。
 

.from Russia「ロシア第1チャンネル」(ロシア語)

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少しだけ日本人に…って言うタラソワさん
日本人の勤勉さ。
荒川さんもそうかもしれないけどは、微妙ですが、真央ちゃんを通して
すっごくその熱意たるものを感じ取ってくれたんでしょうね。
真央ちゃんほど練習熱心な生徒さんはいないんじゃないか?って思わせるくらい。
こうやって、少しでも日本人の事をよくいてくれることが
私は、嬉しいです。
高みのさらなる高みを目指すタラソワさん…
それについてく選手はすっごく大変なんだろうけど
それが成功した時の達成感というのは計り知れないと思います。
無難なもので得たメダルより、より高みを目指したもので得る何かの方が
遥に愛おしいんじゃないかなって。。。今回のオリンピックで多くの方が感じたことなんじゃないかなって思います。。。

なんか、お隣が騒いでますね。ちょっと書きたいなって思ってるのでそれは改めて…

ユリアちゃんも日本について語ってくれています

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確かに夕日はとっても綺麗だって思っていましたが
国籍の違う人から日本の素晴らしさを語ってもらうと
さらに、その夕日の素晴らしさがより素晴らしく感じるな~
自慢だな~ってd(^-^)ネ!
若干15歳の女の子から教えてもらっちゃいました。 

http://itar-tass.com/sport/1058604?utm_medium=rss20(原文です)
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より詳しくはロシア語自習室様のブログへどうぞ(*´∇`*)


今日、ツィで世選のクリアファイルを貰った方の写真を見て
『欲しい~』って思ってしまった私。
場所は新宿。
今日は休みの私。4月から高校生になる甥っ子の通学用の自転車を買ってあげる約束をしていたので、甥っ子誘って新宿へ拉致しました(笑)
何しに行くのか全く分からない甥っ子くん。
駅について、何か感じるものがあったのか…
『浅田真央の何かに行くの?』と聞かれ『ビンゴ~』と私( ̄∇+ ̄)vキラーン
文句を言わずについてきてくれました~(笑)
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これがファイル~♪
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大満足の私でした!

クリアファイル明日まで配ってるそうなので、お近くの方は是非行かれてみてはいかがですか(*´∇`*)
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by aloha0508 | 2014-03-22 01:01 | タラソワさん | Trackback | Comments(22)

タラソワさんの、真央ちゃんへの深い思い・・・

【話の肖像画 フィギュアスケートコーチ タチアナ・タラソワ(上)】

「真央は天才児で音楽的なスケーター」 浅田選手との深い絆
2014.1.1 12:00

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モスクワ郊外の別荘で愛犬と(佐々木正明 撮影)

 2月7日、黒海沿岸のロシアのリゾート地、ソチで冬季オリンピックがいよいよ開幕する。注目はなんと言ってもフィギュアスケート競技。12月の全日本選手権で代表選手が発表され、各種目ともメダル獲得への期待が高まっている。女子のエース、浅田真央さん(23)は2回連続の出場。前回2010年のバンクーバー五輪では、ロシアの名コーチ、タチアナ・タラソワさん(66)とのコンビで銀メダルに輝いた。タラソワさんは今季も、フリープログラムのラフマニノフ『ピアノ協奏曲第2番』の振りつけを担当。「私は真央が大好き」とエールを送る。モスクワ郊外にあるタラソワさんの住まいを訪ね、浅田さんと結ばれた深い絆、そして、人生の全てをかけたフィギュアスケートへの熱い思いを聞いた。(モスクワ 佐々木正明)

 --最初に浅田さんと会ったのはいつごろですか?

 「あの子がまだ小さい時から、競技大会のたびに会う機会があって、ジュニアの大会で彼女が勝利するのを見てきた。そう真央は天才児だったわ。氷上での動きは素晴らしく、スケーティングは非の打ち所がない。全てのステップ、全てのジャンプの難易度が高いのに、どの演技もいつもミスなしで演じていた。そして、真央は何よりも『音楽的な』スケーターだった。彼女はあらゆる曲目にあわせて自分を表現することができたのよ。私は、自分が教えることを演じきれない選手は受け入れないことにしているの。真央が小さい頃に、将来、素晴らしいスケーターになるということに気づいていなかったら、真央とパートナーを組むことはしなかったでしょう」

 《浅田真央さんがシニア大会デビューを果たした2005年。12月、東京で行われたグランプリファイナルで15歳の浅田さんがロシアが育てた世界女王、イリーナ・スルツカヤを破り、優勝、衝撃的なシニア大会デビューを果たした》

 「あのシーズン、スルツカヤはこの上なく調子がよかった。全ての大会で勝利を手にし、記録的な得点を獲得していた。3回転-3回転のコンビネーションジャンプを見事に決めていたし、力強い本物の滑りがあった。彼女しかできない難しいジャンプも決めていたしね。真央は技術的にもスルツカヤに近づいていた。世代を超えた滑りがあったわ。もし、グランプリファイナルに2人とも出場権を得られなかったら、スルツカヤは余力を蓄えることができた。少しだけ休むことができた。私にはそう思えるのね。

 真央はね。スルツカヤをこのシーズンで疲れさせたのよ。スルツカヤは東京のグランプリファイナルで負けたことに意気消沈した様子を見せなかったし、翌2月のトリノ五輪にも、生き生きとした良い状態で臨んだし、落ち込んだ様子を見せなかった。結局、トリノでは(荒川)静香が金メダルをとったのよね。でも、コーチとして思うのだけれど、グランプリファイナルの結果は、スルツカヤに心理的な影響を与えた。彼女はその影響を払拭することができなかった。真央はね、スルツカヤが金メダリストになる心理的な妨げになった。真央はスルツカヤを打ち負かしたのよ」

 --浅田さんは五輪出場の年齢制限にひっかかり、トリノには行けませんでした

 「真央の五輪は実質的には今回のソチで3度目になるのよ。トリノのときはたった数カ月、出場資格年齢に達していなかっただけ。私はまだそのとき、真央と一緒のチームじゃなかったのだけれど、彼女がトリノに出場できず、次のバンクーバー五輪まで4年間待たなくてはいけないということを悟り、大会関係者に「この子をオリンピックに出すべきよ」と提案したの。私は自分の考えをはっきりと述べる人だから、年齢は関係がないと言ったのね。でも、認められなかった。出場は許されなかった」

 --トリノ五輪後、2007・08年のシーズンから浅田さんはタラソワさんの本格的な指導を受け始めました

 「私が日本を訪れたとき、とても暑かったことは覚えています。それ以降、私たちは練習を積んでいきました。真央がいつもモスクワへやってきました。お母さんと一緒でしたね。真央がまだ別のコーチに師事していたとき、私が曲の振りつけを行ったのね。そのコーチが私のもとへ真央を何週間か派遣したとき、後から『真央は別人になって帰ってきた』と電話があったの。でも私は特別なことをしたわけではない。真央はそばでいつも、私のエネルギーを感じていて、そのエネルギーを吸収したまで。真央は練習の虫ね。とにかく真面目に取り組む人だった。私は真央が自分に打ち勝って、実力以上の演技をしたときが大好き。それはコーチとしての誇りなんです。真央は男子の選手がするような演技をして、私のコーチとしてのイメージを広げてくれました」

 --浅田さんに「恋をしなさい」とアドバイスしていますね

 「恋というのは、誰かのことを簡単に好きになるということではありません。誰かのことを真剣に思い続けることが恋というもの。恋は何らかの変化をもたらし、インスピレーションを与えてくれる。自分のことを鼓舞してくれる。力がみなぎるのです。恋はこの世に存在する物事の中で最も素晴らしいことなのよ」

【話の肖像画 フィギュアスケートコーチ タチアナ・タラソワ(下)】

浅田真央さんにエール「ソチで、とびきりの笑顔を待っているわ」
2014.1.2 07:00

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リンクで選手の練習を見守るタチアナ・タラソワさん=2012年12月24日 (国営ロシア通信提供)

 2010年のバンクーバー五輪で浅田真央さん(23)とコンビを組んだロシアの名コーチ、タチアナ・タラソワさん(66)は、地元のメディアにも「私は真央のことが気に入っている」と言ってはばからない。今回、行われたインタビューでも「真央のいる日本に敬意を表して」として、多忙の中、1時間以上も時間を割いてくれた。今季限りの引退を表明した浅田真央さん。約束の地、ソチで、成長した愛弟子を待つタラソワさんはこう言った。「真央、誰もができないことを成し遂げたときのことを思い起こしなさい」(佐々木正明)

 --バンクーバー五輪でのエピソードを教えてください

 「私は彼女が素晴らしく演技をしたときがとても好きなんです。真央はバンクーバーで、ショートプラグラムで1回、フリーで2回のトリプルアクセルを成功させた。これはね、女子が跳ぶ技術じゃないの。彼女の可能性というのは際限のないものなのよ。真央の練習ぶりはまったく驚くべきもので、ミスは少なく、五輪でも十分に3回跳ぶ準備ができていた。これは前人未到の記録だし、きっと将来も長年、破られることはないでしょう。ジャンナのおかげよ。ジャンナのことを忘れてはいけないわ。私が彼女を指導していないときは、ジャンナが日本に行って指導していたの」

 《ジャンナ・フォレさんは浅田真央さんのアシスタントコーチ。今回の五輪前にも練習を指導した》

--バンクーバーで結局、銀メダルでした

 「フリーで逆転優勝を果たすために、私たちはリスクを冒さなくてはならなかった。彼女は、2回のトリプルアクセルをオリンピックの大舞台で計算に入れていたのよ。フリーの前日、私は真央には休息が必要だと思っていた。翌日、100%の演技ができるように。でも、私は日本人関係者の希望もあって、練習を中止することができなかった。結局、真央は疲れからフリーの途中で力尽きてしまった。後半でミスをしてしまったの。十分に勝つチャンスはあったと思う。もし彼らが私の言うことを聞いていれば…と今では確信しているわ。だから、私はすぐに彼女の担当をおりたの。前日に、練習を止めれなかった自分にも責任があるから」

 --タラソワさんは、ソチ五輪のフリーでもラフマニノフの曲目の振りつけを担当しましたね

 「私が音楽を聴くときは、いつも真央をその旋律の向こう側に見ていた。振りつけを行うときは、いつもそばで真央を感じた。振りつけを行うことは、彼女に音楽という名の衣装を仕立てるようなものなのよ。私は今回も、彼女にあうラフマニノフの曲目を選び出した。前回のオリンピックもラフマニノフだったわね。どちらの曲目もまったく違うもので、曲の雰囲気も内容もまったく違う。ロシアの音楽を理解して、それにステップを調和させる方法も違う。でも彼女には、ラフマニノフを生み出したロシアの振付師がいる。それは私。長年、彼女は私と組んできたから、彼女はこのような素晴らしい音楽に身を委ねる準備もできている。彼女は何について踊ればいいかわかっているし、私がどんなふうに演じさせようとしているのかも理解している。

 ソチは、彼女の五輪にとっても記憶に残る演技となるでしょう。この曲目を通じて、彼女はこれまでのフィギュアスケート人生の全てを表現するのよ。困難を克服すること。それがこの演目のテーマです。もし、真央がラフマニノフの調べにのって、全ての演技を終えることができたら、それこそが困難を克服したということ。1人の人間の人生、一流のスケート選手の人生を表現したことになるのよ」

 --浅田さんは今季限りの引退を表明しました

 「真央はもう23歳になるのね。彼女はスポーツの世界の第一線で10年以上も戦ってきた。これだけ長い間、最高の状態を維持しているというのは、並大抵のことではないわ。この間に、真央は最愛の母親をなくし、大きなショックを受けたのよ。それでも、トップの位置を保ったの。すごいことだわ。今の真央には、過去の自分自身を見つめ直し、全てを一新した姿を見せる必要がある。難しいことだけど彼女ならできる。真央は、いつも努力を怠らず、成長を続ける優秀な人だから。

 キャリアというものはいつ何時も終わりがないもの。私たちのスケート人生は終わらないの。真央は1つの状態を終えて、別のステージに移動するだけ。彼女はきっと、世界中でアイスショーを演じることになるでしょう。自分の劇場を作るようなものね。これは彼女のキャリアにとっても大きな経験になるわ」

 --多くの日本国民がタラソワさんと浅田さんの絆を知っています

 「私は真央がそばにいないときでも、真央のことを考えている。昨シーズンは1つの衣装で大会に出ていたから、演目の『白鳥の湖』の音楽にあうように、羽根つきの衣装を贈ったのよ。私は彼女の演技が大好きなの。もし彼女が勝ち続けることができたら、私が振りつけしたプログラムも勝利を得るということなのよ。

 真央は、かけがえのない、とても特別な人。私は真央を愛している。五輪で、真央がとびきりの笑顔を浮かべることを心から祈っている。彼女がいつものように調子がよくて、ちゃんと準備をしたのならきっと良い結果を残すわ。私はいつも公平です。誰が良い結果を残すか、誰が勝たなくてはいけないのか? それは出場選手自身が知らなければならない。オリンピックでは、全てが公平なのよ。あとは神のみぞ知るというところね」

《「最後に、浅田さんにアドバイスを送ってください」と言うと、1分間近く考え込み、こんな言葉を紡ぎ出した》

 「真央、フリーで2回のトリプルアクセルを達成したときのことを思い出さない。誰もができなかったことを成し遂げたときのことを思い出しなさい。そして、そのためにすべてをかけなさい。プロのコーチのアドバイスをちゃんと聞き入れなさい」

       -おわり


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

以前にもあったタラソワさんのインタビューを、さらに深く書きだしたものですね。
タラソワさんの真央ちゃんに対する思いが、とっても伝わってきて
読んでてすごくうれしいです。
トリノシーズン、真央ちゃんがファイナルでスルツカヤさんに勝利したことを
タラソワさん曰く真央ちゃんに負けてしまうまでのスルツカヤさんは、とっても絶好調だったと。
真央ちゃんに負けてしまった事が、心理的に残ってしまってトリノの敗因になってしまったのではないか?って言わせてますよ。
もう、驚きです。
元旦の日にトリノオリンピックのフィギュアが放送されていました。
ちょうど、荒川さん、村主さん、スルツカヤさんの3名を見ることができました。
荒川さんは3-3に臨まず3-2と安全策を取ったんでしたよね。(皆がことごとく失敗してしまうのを受け、元々の構成を直前に変更したと聞きました)
見て思ったんですが、もちろん今とトリノの頃とでは、技術面も大きく違うので
大きなことは言えないですが、手堅くまとめた演技よりも、自分に挑戦していく姿勢の方が
私自信は共感が持てるなって…
結果としては、いい色のメダルをとったもの勝ちになるのかもしれませんが
手堅くまとめたものには、盛大な拍手は送れないんだな~って・・・(;´▽`A``(ひとり言の粋だと思ってくださいね)

確か、トリノ前のファイナルで優勝した真央ちゃんが
スルツカヤさんの元へ行き、スルツカヤさんのファンだと
屈託のない笑顔で、真央ちゃんが言った映像が、今頭の中をよぎりました(*´∇`*)

コラムの中にあるように、ソチの大舞台で、真央ちゃんの最高の笑顔が…
輝く真央ちゃんを見れる事を、心から願っています。(このフレーズ、これから延々出てくると思いますので、よろしくお願いいたします♪)






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by aloha0508 | 2014-01-03 01:13 | タラソワさん | Trackback | Comments(7)

タラソワさんが語る真央ちゃんの事!やっぱり真央ちゃんのよき理解者ですね!

フィギュアスケートコーチ タチアナ・タラソワ(66)(2)
2013.11.13 03:06

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2008年のNHK杯で、浅田選手と

 ■「真央が別人になった」と電話

 〈2005年12月、東京で行われたグランプリ(GP)ファイナル。タラソワさんは浅田真央選手の滑りに衝撃を受けた。15歳の少女がロシアの女王、イリーナ・スルツカヤ選手を破り、優勝したのだ〉

 あのシーズン、スルツカヤはとても調子がよかった。全ての大会で勝利を手にし、記録的な得点を獲得していた。真央は技術的にもスルツカヤに近づいていた。世代を超える滑りだったわ。

 〈しかし、浅田選手は年齢制限のため、翌年2月のトリノ五輪には出場できなかった〉

 真央の五輪は実質的にはソチで3度目になる。トリノのときは数カ月、出場資格年齢に達していなかっただけ。あのとき、私は関係者に「五輪に出場させるべきだ」と提案したの。私は自分の意見をはっきりと述べるから、年齢は関係ないと言ったのね。でも認められなかった。(トリノ五輪でスルツカヤは3位に。金メダルは完璧な演技で荒川静香選手が獲得した〉

 GPファイナルで負けたけど、スルツカヤはトリノでは意気消沈した様子を見せなかった。でも、スルツカヤを指導した経験者として思うのだけれど、心理的な影響はあった。彼女はそれを払拭することができなかった。真央は、スルツカヤを打ち負かしたのよ。

 〈07~08年のシーズンから、浅田選手はタラソワさんの本格的な指導を受け始める。表現力や芸術性にさらに磨きがかかった〉

 真央がまだ別のコーチに師事していたとき、私がショートプログラムの曲の振り付けをしたのね。数週間、真央を預かったあと、そのコーチから「真央が別人になった」と電話があったわ。真央は練習の虫ね。とにかく真面目に取り組む人。私は真央が自分に打ち勝って、実力以上の演技をしたときが大好き。真央は男子がするような演技をして、私のコーチとしてのイメージを広げてくれた。

 〈タラソワさんの父親は、アイスホッケーのソ連代表チームを9度の世界王者に導いた故アナトリー・タラソフ氏。「ロシア・アイスホッケー界の父」とも言われた〉

 父は天才だった。いつでも勝っていた。父からは、何よりも規律が大事ということを教わった。私は4歳のときに滑り始め、10代でフィギュアスケートのペア競技で欧州チャンピオンになった。19歳のときにけがをして、コーチに転身してから、いつも才能豊かな選手と関わってきたけれど、彼らは全てを私に託していた。1つの過ちが負けにつながれば、それはコーチの責任になる。これまで、私の指導した選手が3位以下に甘んじることはなかった。それは恥ずかしいことなのよ。(聞き手 佐々木正明)


フィギュアスケートコーチ タチアナ・タラソワ(66)(3)
2013.11.14 03:08

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バンクーバー五輪で浅田選手と(塩浦孝明撮影)

 ■真央、恋をしなさい

 〈2010年のバンクーバー五輪に向け、パートナーを組んだ浅田真央選手とタラソワさん。お茶の間では2人の師弟関係が大きな話題となった。タラソワさんは当時、浅田選手にこんなアドバイスを送っていた。「真央、恋をしなさい」〉

 誰かのことを真剣に思い続けるのが恋というもの。恋は何らかの変化をもたらし、インスピレーションを与えてくれる。自分を鼓舞してくれる。力がみなぎってくる。恋はこの世に存在する物事の中で、最も素晴らしいことなのよ。

 〈タラソワさんはいつでも浅田選手を励まし、大会で高得点を獲得すれば人前でも抱きしめた〉

 私はいつも真央と波長を合わせていた。だから、試合前には言葉は必要ない。目を見つめて、手を握ってあげる。時々、とても短い言葉をかけてあげる。たった一言ね。私がリンクで通訳を介することはごく少なかった。言葉をかけたい時には、私が日本語を覚えたわ。真央は何を言いたいかを感じ取り、理解してくれていた。

 〈夢中で取り組んだという3年前のバンクーバー五輪。浅田選手は銀メダルだった〉

 ショートプログラムで1回、フリーで2回のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させた。女子が跳べる技術じゃない。真央の練習ぶりはまったく驚くべきもので、ミスは少なく、五輪でも十分に3回跳ぶ準備ができていた。これは前人未到の記録だし、これからも長年、破られることはないでしょう。

 フリーの前日、私は真央には休息が必要だと思っていた。でも、私は日本人関係者の希望もあって、練習を中止することができなかった。結局、真央は疲れからフリーの途中で力尽き、後半でミスをしてしまった。十分に勝つチャンスはあったと思う。五輪の後、私はコーチの座を退いた。前日に、練習を止められなかった自分にも責任があったから。

 〈タラソワさんと離れた浅田選手はバンクーバー五輪の後、調子を落とした。そして2011年12月、浅田選手の競技人生を支えてきた母、匡子(きょうこ)さんがこの世を去った〉

 真央がモスクワに来るときはいつもお母さんと一緒で、私は尊敬の念を持って、匡子さんと接していた。控えめでとても聡明(そうめい)で、真央に強いパワーを与える方だった。

 匡子さんは亡くなる前に私に手紙を下さいました。感謝の言葉が記されていたが、病気のことには一言も触れていなかった。この手紙は病に伏せた人が書く文章だと、後になって理解した。本当に芯の強い方だった。母親の死は真央にとって最大の悲劇だった。そして私も真央の元を去った。私たちは真央のエネルギーの源だった。だから、調子を落としたのも無理はないのです。(聞き手 佐々木正明)


フィギュアスケートコーチ タチアナ・タラソワ(66)(4)2013.11.15 03:03

 ■真央、あの時を思い出して

 〈来年2月のソチ冬季五輪に臨むフィギュアスケート女子のエース、浅田真央選手。タラソワさんが彼女の才能を見初めてから10年以上が経過した〉

 真央はもう23歳になるのね。スポーツの世界の第一線で10年以上も戦ってきた。これだけ長い間、最高の状態を維持しているというのは、並大抵のことではない。この間に、真央は最愛の母親をなくし、大きなショックを受けた。それでも、いつも世界中の大会に出場して、トップランクの位置を保った。

 すごいことだわ今の真央は過去の自分自身を見つめ直し、全てを一新した姿を見せる必要がある。難しいことだけど彼女ならできる。いつも努力を怠らず成長し続ける人だから。今年4月、浅田選手は今季で競技人生を終えることを決断した。「ソチ五輪を集大成にして、いい演技ができるようにしたい」と胸中を明かした〉

 キャリアというものには終わりがない。私たちのスケート人生は終わらない。真央は選手生活を終え、別のステージに移動するだけ。彼女はきっと、世界中でアイスショーを演じることになるでしょう。自分の劇場を作るようなもの。大きな経験になる。

 〈悲願の金メダル獲得の前に、立ちはだかるライバルたち。タラソワさんは韓国のキム・ヨナ選手のことも気になっていると明かした〉

 バンクーバー五輪の後、真央は、ゆっくり体を休めることが必要だったと思う。そう、キム・ヨナのように。彼女は1年半以上、競技を中断した。真央にも心の休息が必要だったと思う。母親を亡くしたことは大きな悲劇だったのよ。五輪の後には、世界選手権などの大きな大会だけ出場するという選択肢もあった。他の大会は不参加にしてね。競技スケジュールは誤って計画されたのではないかしら。私なら真央を解放したわ。

 〈「真央をいつでも守る」。そう公言してはばからない〉

 真央がそばにいないときでも彼女のことを考えている。昨シーズンは1つの衣装で大会に出ていたから、演目の「白鳥の湖」に合うように、羽根つきの衣装を贈ったの。私は彼女の演技が大好き。もし彼女が勝ち続けることができたら、私が振り付けしたプログラムも勝利を得たということよ。

 〈「真央の祖国である日本に敬意を表すため」と時間を割いてくれたタラソワさん。「浅田選手にアドバイスを」と頼むと、1分ほど沈黙した後、こう答えた〉

 真央、フリーで2回のトリプルアクセル(3回転半)を成功したときのことを思い出しなさい。誰もができないことを成し遂げたときのことを思い起こしなさい。そして、そのために全てをかけなさい。(聞き手 佐々木正明)


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

前回のパート1に引き続き、2・3・4を一緒にアップしてみました。


パート2の『真央別人になった』と、タラソワさんに電話したのは
ラファエルコーチですね。

トリノに、もし特別枠かなんかがあって、真央ちゃんが出場していたら
いったいどうなっていたのかな?なんて考えてしまいました。
きっと真央ちゃんが優勝して金メダルだったんじゃないかって思うんですが
そうしたら、今の荒川さんの地位も違ってただろうし
真央ちゃんが、その後にソチを目指していたのか分からないんだよな~とかって…

そんなタラソワさんは、真央ちゃんがトリノに出場できるよう働きかけてくれていたんですね。
色々思いませんか?タラさんが、長野後にプロに転向してなかったら年齢制限なんてなかったかもしれないとか。
でもそんなもろもろの事情があったからこそ、今、真央ちゃんの事を応援できてるんだってね♪

パート3の『真央、恋をしなさい』
ありましたよね~恋って『しなさい』『"\( ̄^ ̄)゛ハイ!!』って言ってできるものじゃないのに~って思ったこともありましたよ(笑)
真央ちゃ恋をしてるのかな~なんて、今なら思ったりして('-'*)フフ

匡子さんの事にも触れてくださってますね。
タラソワさんに最後にあてた手紙。『芯の強い人だった』と。
真央ちゃんの芯の強さは、ママ譲りなんですよね。

パート4の『真央、あの時を思い出して』
誰もなしえなかったことに挑戦するという事を言ってますね。
だからこその8トリプルなのかもしれないし。
N杯後の2回3Aを入れるかも発言かもしれないです。
さらなる高みを目指すことを分かってるからこそ出る言葉なのではないかって思います。

タラソワさんが真央ちゃんについて語ってくれた事が、とっても嬉しかったです♪
今月アモくんがタラソワさんの指導を受けるそうなんですが、そこに真央ちゃんもなんて
噂がありましたが、やっぱり違ったようです。
タラソワさんは、フランスでアモくんの指導。
ジャンナさんが、日本でフリーのブラッシュアップということ見たいです(*´∇`*)
また、さらに進化したラフ真央が見れるのですね~♪たのしみ♪

今、横目で、エリボン見てたんですが、Pちゃんダントツの首位発進。98点越えてました
ゆづくん2位で95点越え
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会場は多くのゆづくんファンでいっぱい!
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6分間練習で、選手がリンクに入ってから、コールされるんですが
コールされたら客席にペコリと1人1人があいさつしてたのに驚きました。
エリボンって、こういう感じだったんでしたっけヽ(~~~ )ノ ?
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技術点はゆづくんの方がPちゃんを上回ってます(*゜▽゜ノノ゛☆パチパチ
フリーで大っ逆転ありなのか。。。それとも絶対王者が逃げ切るか…
なんて言いながら、私の中でN杯が終わってないので、まだまだN杯が続きます。
ふと思うと、先週は代々木に通いつめてたのか~って(笑)
1週間早いな~やっと、現実に戻った感じです(;´▽`A``





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by aloha0508 | 2013-11-16 02:30 | タラソワさん | Trackback | Comments(9)

フィギュアスケートが好きです。特に浅田真央選手を応援しています。


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