真央ちゃんの居場所・・・
2015年 09月 23日
2015/9/22 9:18日本経済新聞 電子版
JR新横浜駅から日産スタジアム方向へ歩いて5分、浅田真央(24)が生まれた1990年にオープンした新横浜スケートセンターが見えてくる。ここを指導拠点とするコーチの佐藤信夫(73)の元を浅田が1人で訪ねてきた。時は今年の「桜の花が散る頃だった」。
佐藤の言葉を借りれば、その表情は「不退転の気持ちが絶対あった」もの。1年離れた競技スケートに復帰する固い決意の表れだ。「いつもながら唐突。前置きなく、いきなり結論ありきだから」。思い出す佐藤も苦笑いするばかり。こうなったら浅田を翻意させることは誰もできない。
現役続行宣言後のアイスショーで笑顔を見せる浅田真央(愛知県長久手市)=共同
「自然と試合が恋しくなった」。5月18日、毎夏恒例のアイスショー「THE ICE」に向けた記者会見で、浅田は正式に復帰表明した。マネジメント会社IMGが浅田と連絡を取ったのはゴールデンウイーク明け。浅田が突然「(会見の場で)現役続行を伝える」と言ってきた。周囲は仰天した。
佐藤は3月に1度相談を受けていた。「大変なことだから『よく考えなさい』って言った。それっきり」。ほかの選手の指導で、浅田の練習拠点である中京大には度々通ったが、滑る浅田を見たことはなかった。相談も忘れかけていたころ、「結論」を聞かされた。
再びリンクに立った浅田は以前とは違う。かつては練習中、他人を遮断して独りになろうとした。いまは他のスケーターの輪の中に平気で入っていくし、佐藤の妻でコーチの久美子らと女同士で盛り上がる。
「以前は注目されすぎて、見ていてかわいそうだったけれど、普通の人になってきた。大切なことだと思います」。復帰の意志を伝えに来た時も、自分の言葉できちんと説明した。「随分大人になった」
6月、浅田は単身カナダのトロントに飛び、自らレンタカーを運転して人気振付師のローリー・ニコルを訪ねた。9日間スタジオで一緒に音楽を聴き、リンクで6~8時間をともに過ごした。「真央は私の目の前でどんどん変化している」。浅田を14歳のころから知るニコルの提案に、想像もしない表情、動きで浅田が応える。「『あ、それ取り入れよう』って。真央も(創作の)過程を楽しみ、一緒につくっていく場面が増えた」
まじめで少し従順すぎ、自分をあまり出さない。将来が想像できなかった少女が、母の死、2度の五輪、休養……。つらい時期を経て開眼した。「考え方が柔軟になった。(スケートだけでなく)人生には素晴らしいことがたくさんあると考えて働く方が健康的だわ」。ニコルが思う理想の女性、「官能的で強くて勇気ある女性」を演じる時が来た。
復帰して最初に取り組むフリーは、イタリアの作曲家プッチーニの「マダム・バタフライ」だ。悲恋の蝶々夫人を演じる浅田は語る。「切ない話だけれど、自分の意思を持って、希望に満ちた強い女性を演じたい」
世界を見渡せば若い選手の台頭は著しい。「キャリアにケチがつく」「もう十分」「また見たい」。決断するまでにはいろんな意見に耳を傾けた。葛藤もあったに違いない。ただ、同じ名古屋出身で憧れの先輩、伊藤みどり(92年アルベールビル冬季五輪銀メダル)の言葉は胸にしみた。「後悔しないように決断してほしい」。やりたくてもやれない時は来る――ならば浅田はやる。
現役続行宣言から約2カ月後、「THE ICE」で初めて大観衆の前に登場した浅田ははじけた。休憩時間はトークショーをし、自ら振り付けたフィナーレの振りを観客に教え、「一緒に踊りましょう」と呼びかける。出演者が着たTシャツもデザインしていた。
同ショーの振り付けを2007年の初回から担当する坂上美紀は驚いた。「責任感はもともと強いけれど、『私のショーだから頑張らないと』という感覚が生まれたみたい。でも昔より楽しそう。『自分の居場所はここだ』って戻ってきたからかな」
恋しくなって戻ってきたスケートのリンク。「ハッピーな気持ちが強いか」と聞かれた浅田はしばらく沈黙した。競技の世界は楽しいだけの道でないことを誰よりも知っている。「気持ちは決まっています」。ひと呼吸置いて、きっぱりと答えた。(敬称略)
3度目の優勝を飾った世界選手権から1年半を経て、来月3日「ジャパン・オープン」で競技復帰する浅田を追う。
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>かつては練習中、他人を遮断して独りになろうとした。いまは他のスケーターの輪の中に平気で入っていくし、佐藤の妻でコーチの久美子らと女同士で盛り上がる。
「以前は注目されすぎて、見ていてかわいそうだったけれど、普通の人になってきた。大切なことだと思います」。
なんでだろう、この部分読むと(T-T) ウルウルとしてしまうんです。
なんか、ずっと一人で戦って来たんだなってね。。。
モクモクと滑って頭の中でイメージして淡々としてきた練習も
人とかかわりを持つことによって、心の中の押しつぶされそうなものとか
感情とかが融和されていくんじゃないかなって思ったりしちゃいます。
戦うときは自分一人だけど、人との対話から得られる感情表現とかあると思うし
いや、真央ちゃんが今までなかったとは思ってないけど、こうやって活字で見ちゃうと
胸がギュっとしちゃうんですよ~~~!!
坂上さんが仰るように『自分の居場所はここだ』と
真央ちゃん自身の中で休養していたこの1年で大きく感じることが出来たんだろうなって思うだけで胸熱です♪
真央ちゃん・・・『お帰りなさーーーーーい』です!
※記事は会員登録しないと見れないようになってるんですが
無料登録で見れるようになりますので!
コメント欄のM&Mさんにご紹介されて、ポルウナの十万回再生記念を見ようとしていたんですが
あと60回のところで寝落ち~
朝起きてU.S.インターナショナルクラッシックの女子の結果を見ようとチェックして
そのままPCを離れてしまい∑( ̄□ ̄ || 〒 ||
残念ながら記念すべき10万回を逃してしまいました~
私が見たときは・・・
画像み切れてますけど、クリックすると全部が見れますので~♪
Mao Asada - Closing Gala - 2009 World Figure Skating Championships
22日は私のうん十うん回目の誕生日~!旦那くんの実家でお祝いしていただきました。
でね、旦那くんの弟がとっても器用なの。
ほんと驚き~なプレゼントをいただいちゃいました!
凄いですよね~と、勝手に自慢してみました~(笑)
旦那くんからは棒読みで言い放った『愛情』がプレゼントだそうです(" ̄д ̄)けっ!今さら何言ってんだよ~
私的には手にとれる形が欲しいんですけど~…( ̄。 ̄;)ブツブツ
もうすぐmaomao生誕祭~ですね~!!
今年は真央ちゃんどんなバースデーを迎えるのかな~(*´∇`*)
真央ちゃんと同じ、9月生まれですね〜
羨ましい‼︎(o^^o)
旦那様の弟さんのプレゼント…お店で売っていても不思議じゃないくらい、上手ですね〜これまた、羨ましい(≧∇≦)
aloha様の、うん十うん歳が…笑、幸福でありますように願っておりますV(^_^)V
日経の記事…切なくなりますねT^T
バンクの前も、一人で戦っていたし、ソチ前も、やっぱり一人で戦っていたんですよね…(>_<)
真央ちゃんの置かれている立場を、理解出来る人はいませんからね。
たった一人で、全てを背負いこんでいたんですよね…( ;´Д`)
だからこそ、みどりさんがチーム真央に居てくれたら、違っていたと思うんですよね〜今回、入ってくれないかな…(*^^*)
同じ、アスリート目線で寄り添ってくれる人がいると、心強いと思うのです。
いづれにせよ、これからは選手である事を楽しんでくれれば、それが一番ですよね!
よいお誕生日でしたね、おめでとうございます。
素敵な記事の紹介ありがとうございます。思わずウルウルしてしまいます。
真央さんはどんなに大きな重圧の中でひとりで戦ってきたんだろう。そんな立場に立ったことの無い誰にもわからないことですね。同じように戦ってきたみどりさんの言葉が力になったことは、よかったなーと思います。
復帰宣言のあとの真央さんはほんとうに笑顔も自然体で、何と言ったらいいのか、うまく肩の力が抜けたんでしょうか。気持ちがまっすぐに伝わってきますね。
もうそう長くは無い競技生活が、真央さんの糧となりますようにと願わずに入られません。
私も夫には手に取れる形としてお祝いを強く要求します(キッパリ
義弟さんの手作り凄いですね
プロではないんですか? これは売れると思うけど。
日経の記事の一文字一文字に胸がキューンとなりました。
背負ってきたものがあまりに重く大きかった。
それはファンとしてもわかっていたことでもあらためて聞かされるとせつないですね
言葉に出してしまうと崩れ落ちそうなくらい辛かったでしょう。
それでもフィギュアに戻ってきてくれて、しかも一回り大きくなって戻ってきてくれたことを感謝しながら応援したいです。
THE ICEで真央ちゃんを見た時に去年まで研ぎ澄まされたような張りつめたオーラを感じなかったのです。
オーラは相変わらずなのですが、どこか柔らかくゆるい感じのオーラでした。
それは真央ちゃんの変化だったのだとこの記事で理解しました。
alohaさん記事のアップありがとうございます。
ありとーーーーうございます!!なのに、お返事が遅くなってすいません^^;
そうなんですよ~真央ちゃんと同じ9月生まれで3日違い~勝手に運命なんじゃないかって思ってます(笑)
弟くんのパンプキンイヤリング凄いですよね~
私、本当に驚きました。
パンプキンは、このパーツが売ってるものだとばかり思ってたので。
でもよく聞いたら、作った??ならば目の横にラインストーンをつけたっていうのが手を加えたってことか~って思い直したんですが、更によく聞いてると全てが手作り~w( ̄▽ ̄;)wワオッ!!本当にサプライズでしたね~♪
そうでしょそうでしょ~切なくなりましたよね。
本当に、真央ちゃんの置かれている立場を理解してくれる人は・・・((o(;△;)o))
ずっと一人で戦ってきて、まだティーンのころからマスコミの餌食にされ傷つけられ。。。
真央ちゃんの心のきれいさにハイエナが群がる形・・・
みどりさんがチーム真央!そうなったら真央ちゃん力強いだろうな~ならないかな~
真央ちゃん、更に高みを目指してそうだし、自分で選んだ道だと断言してますからきっと、一皮もふた皮もむけた真央ちゃんが見れますね!
(●⌒∇⌒●) わーい、ありがとうございまーーーーす!
いくつになってもお祝いしてくれるって本当にありがたいです♪
この記事を読んで真央ちゃんがいかに一人で戦って来たのか・・・って思うと胸が苦しくなってしまいます。
一人背負わされていた重圧。辛かっただろうに。。。
ほんとですね~復帰宣言してからの真央ちゃん。ショーもそうですが、どのインタビューでもにこにこしていて朗らかで、肩の力がうまく抜けてて・・・
もうすぐ始まる真央ちゃんの復帰戦。
真央ちゃんが笑顔でスタートを切れるように応援あるのみです!
わーい^^有難うございます♪
そうですよね~プレゼントは絶対に手に取れる形あるものでないとダメですよね~
でも、今回は無かったんですよ~JO行くだろって。いやいや、これは、プレゼントではありませんからね!!
旦那くん一家は手先が皆起用なんですよ~特に義弟がすごいかも!細部にまでこだわるところなんか特にです!
私も売れる~といい、義妹と販売なら任せて!と言ったら苦笑いしてました(笑)
日経さんの記事、第1回目はキューンとなりましたよね。
バンクーバー前後とか、ジャンプ矯正中のこととかママのこととかいろんなことを思い起こさせられました。
あんなに過酷な環境だったのに、1年の休養ののちに戻る選択をした真央ちゃん。
きっと充実した1年だったんだろうな~って思います。
あと少しでJOですね!
どきどきワクワクしながら待ちたいです!
ありがとーーーうございまーーす!!
私も実際、アセアセ(^_^;)なんですけどね~でも祝ってもらえちゃうと
お料理とケーキに目が奪われてしまって~♪
Fさん、そおとおり~旦那くんシャイなんですよ~(笑)
弟くんは、まっすぐ自分の意見を持ってるタイプですね~旦那くんは人の話に流されやすいです。私の話には流されないってところがイラッとするんですけどね~^^;
日経の第1回目は目頭が相当熱くなりましたよね。
誰にも自分の思いを伝えることなく黙々と練習をこなし
ずっと1人で戦ってきたかと思うと余計ですね。
仰るとおり、ママが一番の相談相手だったと思うんですよ。でもその頃のママも体調が思わしくなかったり。。。心配かけまいと o(TωT )( TωT)o
そっか、、、そう考えると、最低レベルな人間が自宅を張り込み、中傷電話をかけたりとあったかもしれないですね。
どうしてあんなに清らかな天使さんに悪態なんてつけるんだろうか?って思います。
真央ちゃんも自分の言葉一つ一つにマスコミが食いついてくることが分かってるから余計なことは言わず、ブレずの対応なんですよね。
そうなんです。どんなことがあっても・・・それが怪我であっても絶対に何かのせいにしたりしないですよね。
それ以上に自分に負荷をかけてますし。
この第2のスタートとでも申しましょうか。
真央ちゃん自身が晴れやかに笑顔でスタートできることを心から願っています。
真知子先生の言葉は深いですよね。
分かってくれてるな~ってあの3人対談で思いましたもの!
真央ちゃんがやりたいと思えることを、楽しくやってくれたら本望ですね!
ポルウナ~今再生回数見たら101692回再生となってました♪
本当に素敵プロ~!
女性らしく成長した真央ちゃんが滑るとまた爽やかな妖艶さが増していいですもんね~♪
素敵だわ~^^
ほんとに~良記事は大歓迎ですよね。
今まで書かれてきた下げ記事を書いてる記者の気持ちが全然分からないですもん。
真央ちゃんのキラキラオーラをやっかんでるとしか思えません。
もうすぐ始まるJOのジャッジに天野や韓国人のイジヒやコソンフィが来ないことを願いますよ。
piさん、両方いかれるんですね~私は今のところJOのみなんですよ~でも考え中です!
真央ちゃんが大好きだっていう蝶々夫人を見るのが本当に今から楽しみですね!
真央ちゃんとの出会い~そうですよね~^^
誰もがかわいらしい真央ちゃんに釘付けになりましたよね。
私も小学生の頃の教室でオリンピックに出て金メダルを・・・を見たときに
なんてかわいいんだろうって思いました!!
その後からメキメキと(その前からメキメキとですけど)力をつけ技術を伸ばし
日本人としては珍しくスレンダーで手足が長くってお姫様みたいだったのを思い出します。
本当に、真央ちゃんのスターダムの始まりとともに苦難の始まりだったのですね。
トータルしたら、本当につらいことのほうが多かったんじゃないかって思いますが
それを跳ね除けるほどの素晴らしい功績。
世界中の人々が愛してやまない真央ちゃんの演技。
こんなに認められるスターはいないんじゃないかって思いますよ。
バンクーバー前の全日本語のインタで大きな目から流した涙・・・
おかゆしか食べられなかったとき。
怪我をしてもそのせいにせず、黙って結果を受け止める。
これだけ侍気質の女性がいるだろうか・・・
これから始まる真央ちゃんのスケートシーズン、真央ちゃんの望むスケートが出来ることを心から願っています♪